付け下げⅡ

この付け下げも昨年の傑作のひとつでした。職人の腕の冴えを見せつけられたようにおもいます。染め上がりを求めたのですが1週間も経たずにお求めいただきました。わたしは同じ柄を追いかけて次々と作る・・・ことは考えませんので一作で終わったのですが、この付け下げはもったいない・・・と思いました。たぶん、お召しいただいてご満足いただける方がもっといらっしゃる・・・とおもえます。でも、やはり作品は一つでいいのでは・・・ともおもいます。このような手作りのものは次に作りましても同じ感動を得ないことがあります。また、もっと素敵に生きて染めあがってくるかもしれません。でも、すべて第1作との比較になります。なんとなくそのような目で1作目も2作目も見てやりたくはないのです。作品を拝見しますと、悉皆のひとの発想、職人の気持ちがわかります。乗り気でない仕事をしているかどうか・・・そのような目で2作目を見たくないと思います。このようなぜいたくなことを申し上げれる今のわたしの立場は年寄りの生き甲斐といたしましては過ぎたことと感謝いたしております。

打たせ糊、付け下げ

この作品も昨年の傑作のひとつでした。ご覧いだいた方の多くの人が心に残ったとおっしゃられています。何気ないちょっと見過ごすような付け下げなのですが、打たせ糊という特殊な糊のせいばかりでなく、総体に気品のあるいい仕事の付け下げです。私にいたしますと、このような雰囲気をたたえた付け下げが評価されることはとてもうれしいことです。目立ちたい着物が売れる時代に、品格を主とした雰囲気のきものが評価されることは、わたしたちは仕事の中身と、物欲しそうなきものではなく、品格を中心に据えたきものを作ってゆくべきではないのか・・・と考えることが出来ます。わたしにとっても心に残る付け下げでした。

昨日につづいてわたしのお釈迦様のはなしにすこし時間をいただきたいとおもいます。紀元前6世紀という時代は、アケメネス朝ペルシャという巨大な国家がイラン高原を中心として東はギリシャ、西はインダス川までの地を占めていました。ギリシャのソクラテス、プラトンなどと同じ時代をお釈迦様は生きておいででした。500年ほど下がってキリストがイスラエルの地に生まれておられます。大きな時代の変革期にそれまでの社会通念が通用しなくなって、あらたな思想が生まれてゆくのでしょう。ペルシャはアレキサンダーによって亡ぼされアレキサンダーはガンジス川流域への進軍を計画しましたが部下の不服従にやむなくバビロンへの帰途につきます。ガンジス川流域ではマウリア朝が南アジアの地をほとんどを支配下に置き、最盛期のアショーカ王(BC268~232)は仏教に帰依され、仏教の理想とする政治の実現を目指しました。同時にアショーカ王は他の宗教も弾圧することなくバラモン教、ジャイナ教、アージーヴィカ教などを保護しました。仏教の主張がが他の宗教とどのように違ったのか、とても大切な点だと思います。

心に残る昨年の作品、風神雷神

 

この作品もお納めできましたのは12月の27日という年の暮れでした。昨年の夏ころから原案にとりかかり、そうとう難しい作品でしたので10月まで推敲に推敲を重ね、自分にできるだろうか・・・と途中で自信を失った時期もありました。見本になったのは田村哲彦の付け下げだったのですが、お客様は訪問着をご希望でした。また、田村さんの付け下げが私にはおざなりの作品のように感じられ、見本にはならない・・・と思っていましたからどれだけ自分が満足できる作品に作れるか・・・も重荷ではありました。呉服屋としてこんな難しい作品に挑戦して成功する率は低いと覚悟をしての出発だったのですが、出来上がりはお客様からもおほめいただける作品になりました。染め屋さんの功績です。お召しいただくのが1月の半ばですので、着用の写真を添えれないのですが、すばらしい染め上がりだと自画自賛しています。

途中でほうりだしたようなお釈迦様のおはなしも自分としては心にかかることですので、少しづつ書いてゆきたいと思っています。近年、インド学が長足の発展を遂げ、仏教にかんしても研究がとても進んでいます。お釈迦様が生きておられた紀元前500年ころの当時は文字が開発されていませんでしたから、パーリ語で話されたお釈迦様の言葉も口伝で数百年語り伝えられていました。文献として残っていませんので真実のことばなのか・・・疑問がありました。その点も仏教の五派の仏典を突き合わせ、口伝との比較などの研究からクリアでき、お釈迦様の悟りの核心の部分が明らかにされてまいりました。もっとも、悟りの内容は少なくとも私には理解はできません。ただ、思索をなされたテーマはおぼろに指し示されているように感じます。全体をとおして、わたしが知りたかったのは、お釈迦様の教えががなぜインドにおいても、また中央アジア、東南アジア、そして中国においても圧倒的な支持を受け、人々の心をとらえ、国の在り方を変えるほどの影響を与えることが出来たのは、何によってなのか・・・という点でした。わたしなりに推測いたしますのに、お釈迦様の言葉を聞き、お考えを聞いた人は、国王も庶民も明日への希望を持って生きることが出来ると確信を持てたのではないか・・・と思うのです。この方の思想は明るい将来をもたらしてくれる・・・と信じられたと思います。それは、お釈迦様の思索と悟りからもたらされた考え方で、当時のインドにあっては異端の革命的な思想だったと思います。あまりにも大きなテーマになってしまいますのでどこから申し上げてよろしいやら、困っております。手探りながらゆっくりと申し上げてみたいと思っています。

昨年の心に残る作品

 

 

昨年はたきちにとってとても意味のある作品をいくつか創作させていただきました。この留袖は12月にお召しいただいたのですが、9月に図案が決まり、おおよそ3ヵ月かかって完成いたしました。京友禅の代表のような重い染めです。ご注文がだれでもまねできるような留袖ではなく、きちっとした格調の高い柄ゆきのものを・・・とのことで、予算が大幅に高くなったのですが、誂えで別染めの加工でつくらせていただくことになりました。染め屋さんはベテランですのでわたしは安心していましたが、染め屋さんはそうとう苦心の作品だったろうと思います。訪問着とは彩色が大きく違ってまいります。バックが黒ということは、彩色がそうとうしっかりとしていないと地色にまけてしまいます。ご覧いただいていますように、品格のある留袖にできたと自画自賛いたしております。お客様もご満足いただけましたようで、呉服屋としてはとても記念になる作品になりました。ふつう、箔は代用金を使うのですが、染め屋さんが、これくらいの作品ですと本金箔でないと・・・・とのことで、本金の箔にさせていただいています。一つ一つに気持ちと時間をかけることが出来るような立場になりました。このような作品を作らせていただきましたことに感謝しております。

 

新年あけましておめでとうございます。

みなさまよい年をお迎えになられたことと存じます。私たち、昨年はみなさまの公私にわたるご支援をいただき、無事新年を迎えることができました。こころから感謝申し上げます。今年もどうぞご支援ご鞭撻をいただきますようおねがいいたします。たきちは終わっておりますが、楽しみくらいの仕事はいたしております。老齢でございますので、ゆっくりとですがご容赦願いたいと存じます。

令和二年元旦

た き ち

室 田 正 三

田村哲彦、色留袖

写真は田村哲彦の色留袖の上前の一部です。さすがに糸目から彩色まで一流の名に恥じないいい染めだと思います。この作品は直接求めたものではなく、市中から安くで求めた商品でした。それでも当時の相場からあまり安くはなりませんでした。それだけこのブランドはもてはやされていました。先日、ぼかしを求めましたところも、付け下げや訪問着を持っているのですがちょっと値段を聞いて、話を中断いたしました。わたしの考える値段とは大きく開いていました。でも、いい作品が無い、あるいは在っても大変な高い値段の時代ですから、安く売る必要もないことです。そのような時代になったのだと実感いたします。

わたしの仏教探索など退屈なさるのでは・・・とおもいながら今日もすこし聞いていただければ幸いです。お釈迦様の生きられた2500年まえのインドは鉄の生産が増え、それに伴い農作物の生産量が大きくなり、貯蓄が出来る時代に入っていました。貯蓄ができるということは、力のある人は富を蓄え、貧富の差がうまれ、それにともなって身分の分化も進んだ時代でもありました。都市が発達し部族社会から国家の形態に変わりつつありました。一面、経済の大きな発展は労働に従事しない階級を生み、インド哲学はこのころ花開いた・・・と言えると思います。そのような時代を背景としてお釈迦様はどの宗教とも異なる主張を展開なされ、多くの人々を感化なさいました。当時のインドの思想をすこし見てゆきたいとおもいます。

今年、来年。

写真の留袖は田村哲彦の作品です。まだ私たちの注文を受けて、染めてくれた頃に発注したものです。留袖としては普通にない図案で、とても面白いと感じました。お好みいただくお客様もいらっしゃいましたが、もうすこし平凡な柄を・・・と思われるのももっともだと思います。今日まで留守番をいたしております。値段はもうたきちも終わっていますので、安く処分させていただきます。¥198,000(別税)でおねがいいたします。たきちの原価よりはるか下の価格です。

年の暮れで、商品があと一度アップするかもしれませんが、このまま新年に入って行くかも・・・と思っています。すこし時間がありますので、80爺やの思い出話なども座興の一つかと思い、お聞きいただければ幸いです。もう三十数年前、はじめてニューヨークへ行った時の話です。ちょうど地球を半周しての飛行でしたが、眼下に拡がるカナダの荒野をずっと見ておりました。わたしのような一旅行者が、こんなに簡単に地球を半周できる・・・ことに、人類の大きな力を見る思いがしました。そして、地球の頼りなさ・・・ともうしますか、人類が今の地球を壊そうと思えば、いとも簡単に壊すことが出来るだろうな・・・と実感しました。自分と地球とはどのような間合いが正しいのだろう・・・と真面目に考えていました。いま、かって地球を頼りない壊れても不思議ではない・・・と感じたことが、自分の身の上に起こっています。道元禅師が、自分の存在はちょうど池に映った月のようなものだ・・・と言われたことが実感として納得できます。自分は確固たる存在だ・・・と思っていたものが、ただ、目や耳や鼻などの感覚器官が描いた架空の映像にすぎない・・・。確固たる自分という存在がないということなら、生きること自体があまり意味がないではないか・・・お釈迦様の時代にも同じようなテーマで論争がありました。今年の秋から今もお釈迦様ご自身がどのようにお考えだったのか・・・とても知りたく、読書を続けております。たくさんの方々が研究なされ、ほぼお釈迦様のお考えに近いだろうと思われる思想がわかってきています。しかし、偉大な精神の持ち主の全部はとても把握できていないのが現状だと思います。わたしの拙い文章ではなく、立派な方々の研究なされた文献のほうが素晴らしいと思いますが、私の自問自答もなんとなくお聞きいただければ嬉しいこととおもい、すこし述べてみたいと思います。のちのナーガルジュナの中観論や唯識論に始まる大乗の哲学ではなく、お釈迦様そのかたがどのようにお考えだったのか・・・なぜ、あの時代にインドそのものから、中央アジアから東南アジア全体に仏教思想が受け入れられ、今日に至るまでたくさんの人々の生き方に影響を与えているのか・・・。魅力あふれる考え方のようにおもっています。