実用呉服

わたしは実用呉服の世界で60余年を過ごしてまいりました。たきちの扱っている商品は高級呉服ではないのか・・・とおっしゃられるかたもおいでかとおもいます。でも、90%の品物は実用品の範囲を超えていないとおもっております。実用呉服の定義は厳密に考えますと難しいことになりますが、わたしは価格が、小紋ですと仕立て上がって10万円前後、帯で5万くらいまでのものを実用品と考えております。きちっと作られた、着るプロの人の目に耐える商品でこの値段ですと、たぶん一年に一組のきものと帯をお求めいただけるのではないか、もしかしますと、二組でもお求めいただけるのではないか・・・と思っています。最近は2割くらい値段が高くなっていますが、例えば菱健さんや雅さん、萬葉さんなどの一流の染屋さんの小紋でも、11~12万円でじゅうぶんにしたてあがります。帯地でも糸質、織りときちっと作られた山田さんの帯地などは、仕立て上がって7万いたしません。ただ、薄利でございますので、たくさんの方にお求めいただかなければ、経営が成り立たない苦しさがございます。わたしが、お茶をなさる方を優遇いたしますのも、常にきものがご入用でいらっしゃるからでございます。このような実用呉服の世界を生きてまいりまして、わたしは幸せで充実した一生であったと感謝しております。よく役に立ってくれた・・・とおほめいただきますのは、なにものにも代えがたい喜びです。街の呉服屋として、お客様の苦情や誉め言葉の入り混じる日々を夢中で過ごす充実感はわたしたち夫婦にとっては無上の喜びでございました。むかしは私のような呉服屋がどの街にも何軒かございました。その中で、色柄の好みなどの競争がありました。呉服屋はみな必死で勉強し、お客様の満足のために努力いたしました。でも、そのような時代にははもう帰らないとおもいます。次の時代のきものがどのようなものになるのか・・・それはわかりませんが、きものは大きく変質してきているとおもいます。