ある宗教団体を率いておられた方に話を伺ったことがあります。「山のいただきのように仰ぎみられるような存在になってはいけませんよ。人々の悩みや苦しみが理解できるためには、水が低きに流れて沼地に集まるように、自分自身が低きにいるような生き方を朝に夕にしつづけていることが大切です。」 世阿弥が権威を目的としていたら、能の命は短かったのではないでしょうか。昨日の芸が今日も観客を惹きつけるとはかぎらない。今日の観客が何を望み、何に涙するのか・・・・細心の注意を払って観客の望む芸を提供しようと精進しています。長々とした前置きで恐縮ですが、着物業界に決定的に欠けているものがあるとすれば、この姿勢ではないでしょうか。伝統の上に胡坐をかいているといわれても返す言葉がないと思います。

