この反物は吉祥寺のアウトバウンドという店に届いたラオスのレンテン族や黒タイ族の人たちの手作りの布の写真だそうです。18年前、ラオスに移り住み、このような布に惹かれて在住しておられる谷さんという女性が携わっておられます。以前テレビでも拝見したことがあります。反物は木綿と絹の混紡なのですが、この生地で洋服を作った人たちが、「布に守られているような気持になる」といわれるそうです。わたし、この写真を拝見したとき、子供のころの風景を思い出していました。私は丹後の生まれですので蚕さんはいつも身近でしたし、近所のおばさんたちが繭を煮て糸取りをしている光景も日常でした。繭は二個くっついてしまいますと、一本のきれいな糸にとれませんから、養蚕農家はくず糸として自家用にするより仕方がありませんでした。真綿状にして糸を取り、身近な植物を染料にして、地機で織ります。自家用ですから高価な動織機にかけれません。わたしの時代にはもう織っておられませんでしたが、織られたきものはよく拝見しました。ちょうど写真のような布地の感じでした。真綿から糸を取って織物にしますと同じような感触の布地になります。そんなに着心地のいいものならば、日本で作れないのか・・・と思われるかもしれません。でも、日本ではもう無理でございましょう。(もっとも、自分で桑を植え、蚕を飼って糸を取り、天然染料で染めて、手織りで織る・・・そんな方もおいでなのですが)人件費を考えますと、このような手作りの反物はとても高価になります。結城、小千谷や上田紬、丹波布など手作りの紬類がまだございますが、普段着にできるような値段ではございません。ラオスでも、現金収入を求めて都会で出てゆく若者が多くなっているようです。日本でも、手のかかる織物や染色は若者にとっては職業としての魅力は乏しいようです。手織りの帯や染色の職人の後継者がないのも時の流れとしてある程度致し方ないこととおもいます。もうすこし時が経ち、経済成長至上の考え方が変わって、ゆっくりと生きてみよう・・・という考え方の人が多くなるまで待たねばならないように思います。