白山紬の無地と縞の紬

白山結城縞二点-500.jpg

 昨日までスターのような着物をご覧いただいてまいりました。今日はこの方のコレクションの中では比較的地味ないぶし銀のような渋いきものを二点ご覧ください。

白山無地アップ-500.jpg

 写真のきものは白山紬の無地です。むかしから「丹後のちりめん加賀の絹」と歌に唄われた加賀の白山の麓でうまれた上質の絹です。くぎ抜き紬の別名で有名な牛首紬もこの加賀の地で白山紬を母として生まれました。平糸に玉糸を噛んだ野趣に富んではいますが、きりっとした気品に満ちた風合いは多くの愛好家を持っています。白生地として織られ、好みの色に染められるのですが、地ムラが出やすく、このきものも染めムラがございます。薄色から三回くらい濃い色へ引いていってムラを防ぐのですが、染めが難しいのは白山の特徴でございます。わたしの敬愛するきものの一つです。

結城縞アップ-500.jpg

 上の写真のきものは私には産地が特定できません。肌合い、糸質など小千谷ではないかしら・・・・と思っていますが、結城かもしれません。信州や米沢ではないと思います。ともあれ、しゃれたきものですね。わたし、最初拝見して、色の妙味に息をのみました。このようなきものをさりげなく日常さらりと着こなせるような男になってみたい・・・・と思う魅力的な色合いです。身に備わった愛嬌と色気がなければ着れません。

文化財級のきものにはたしかにそのものの価値があるとおもいます。わたし最近、思うのですが、きものは貴族化していないだろうか?という疑問です。きものが、着るきものから、見せるきものに変わってきているように思うのです。卑近な例として申し上げますと、大島は以前は伍マルキか七マルキが中心でした。現在では九マルキや十二マルキが多いように思います。いぜん、織り手の方に話を伺ったのですが、五マルキか七マルキの泥がいちばん着やすく、丈夫・・・・。多分にわたしたち業界が主導して、高く売れるマルキを宣伝した面があると思います。ともあれ結果は、こんにち、大島は滅びの寸前です。芸術品の大島を普段にだれも着なくなったのです。上の写真のような着物がほとんどで、まれに手機の高級品が着られる・・・・裾野の広いきものの着方があった時代に・・・・もう帰りませんはね・・・・老人の繰り言です。

コメントを残す