お知らせ

2023年1月31日に、故室田正三に続き、妻、故室田保子も永眠致しました。

本ホームページにつきましては、お客様のご要望によりこのまま継続掲載させて頂きますが、ご返答につきましては今後対応致しかねますこと、どうぞご容赦くださいませ。

関係者の方におかれましては、これまでの長年のご愛顧、重ねて御礼申し上げます。

親族一同

お知らせ

2023年1月3日に、故室田正三は永眠致しました。
故人存命中は、ひとかたならぬご愛顧を賜りましたこと、故人に代わり深く感謝申し上げます。

今まで、本当にありがとうござました。

ホームページアクセス不備のお知らせ

2022年6月16日から23日の間に御きもの処たきちのホームページにアクセスしていただいたお客様。
この間、サーバー更新作業などによりホームページへのアクセスができない状態が続きましたことお詫び申し上げます。6月23日に無事復旧しました。

なお、この間、ホームページの更新が滞っておりますこと併せてお詫び申し上げます。
店主の体調不良によるところがありますが、細々とではありますが、お店は営業しております。
御用のお客さまはお電話いただけますと幸いです。

縁起Ⅱ

1、無明は二つの本能についての根源的無知である。一つは生来の、生物的、遺伝的な本能。もう一つの本能とは、生来の本能を増強する人に固有の無明で、言語によって自己と世界とを認識することを指す。言語習慣、言語表現は「第二の本能」となる。人間はこれら二つの本能が自分(アイデンテイテイ)や世間(ソシアルテイー)という虚構を作り出していることを知らない。無知であるがゆえに、そうした虚構に執着し、盲目的生存欲を湧き立たせる。この無知によって、人は行為への意志に駆り立てられる。この意志を行という。

最初からなんとも難解な話ですね。これでは12もの縁起なんかなかなか親しめません。でも、この言語の問題は欧米でも日本ででも仏教とは関係なく、大きな哲学のテーマになっているのですが、一冊や二冊の本で論じて結論が出るような問題でもありませんので、わたしは見ないふりをしています。真剣に考えると気が変になってしまいそうになります。

2、行によって識が生じる。行に突き動かされ、「分けて知る」行為が開始される。識とは事物を分別する作用のこと。これによって自己意識も世界意識も萌芽する。言語による分節化に向かう根源的欲動の生起。言語習慣の濫觴。

3、識によって名色が生じる。自己の分節化と外部世界の分節化が進み、それらは名と色、名称とその対象に分かたれる。名は、言語表現として内的に固定化された諸事象のこと。色は言語によって分別され、対象化された諸事物のこと

4、名色によって六処が生じる。この六処とは眼、耳、鼻、舌、身、意の心身の認識器官および認識機能を指す。眼、耳、鼻、舌、身が感覚機能であり、意が意思作用である。これらの器官の、部位としての識別もまた分別の所産であり、かつこれらによって心身の内外のデータが集められ、言語による分別化が巧緻化されてゆく。

縁起

長く休んでおりましたのでご心配いただいた方もございましたでしょう。ご迷惑をかけました。1週間ほど入院いたしておりました。体調が悪く入院してすぐに思ってもみなかったた狭心症の疑いということで、3月の早々にステントを入れていただくことになりました。発見していただいて助かりました。今よりも多少は過ごしやすくなると思います。でも、主治医からは寿命を考えて・・・と念を押されています。体そのものが定年だよ・・・と前から言われておりましたので無理をするとすぐ結果が出ると思っての生活になると考えております。

さて、お休みの前のテーマの縁起のことでございますが、仏教の核心をなす部分であることはすべての学者の方々も認めておられますが、私などはなかなか理解できることではありません。多少機微に触れることができましたのは評論家として著名な宮崎哲弥さんの簡単な解説でした。スリランカに上座部という仏教教団があり、タイのあの黄色い衣でなじみのあるテーラワーダという団体の最高の学僧と言われるかたの十二支縁起を宮崎さんがさらにかみ砕いて示しておいでです。十二支縁起とは無明、行、識、名色、六処、触、受、渇愛、取、有、生、老死の十二です。無明が行を生起させ、行が識を生じさせる・・・と順に私たちの内部で起こる精神の変化の道筋を分析した考え方の解説だとお考えいただいていいと思ます。すこし長くなりますので全文は後ほどご覧いただきます。

名護帯、仕立て上がりⅢ

スクイの名古屋帯です。たきちのホームページでは79,000でお求めいただいておりました。この機ももう終わりになります。スクイはつづれなどと同じように爪や櫛などで寄せて織ってまいります。表情が出て、上手下手もすぐわかり、たいへん敏感な織物です。つづれに挑戦する人たちや、スクイの魅力に引き寄せられて、織子として参加なさるのですが、養成の期間は公的資金などもあり、なんとか頑張られるのですが、独り立ちしますとそのあまりの工賃の安さに長くは続かない・・・のが実情です。生き残るのには自分の技術を向上させる以外どのような方法もないのですが、苦節10年も営々と下積みで頑張れるひとも少なくなりました。伝統工芸はきちっと伝承されなければ意味をなしません。後世に残るものですから質を落とすことはできません。むずかしい問題でございます。この帯地は仕立て上がり¥59,000(別税)でお願いいたします。

仕立て上がり名古屋帯、六点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この六点の名古屋帯は、私が留守の間にお求めになられたお客様が、ご注文なさいまして、納品時に受け取りができなという事態になりまして、やむを得ず事故品として安く処分をさせていただくことになりました。捨松、栗山紅型、ぞの他の帯地も、品質はわたしが吟味済の品物ですので、品質、織り共にごく上質な帯地です。仕立て上がり、消費税込みの値段ですからどうぞご覧いただいて、できるだけ早くお求めください。

寸法は幅八寸二分、長さ九尺七寸の寸法で仕立て上がっています。

一番上の写真の帯地は、捨松さんです。わたしが10万少し上の値段でお求めいただいているのですが、現品¥75,000、-仕立て上がり、税込みでお願いいたします。

二番目の帯地は栗山紅型の麻の夏帯です。大胆な柄ですが、小千谷の麻の絣りや夏結城などにはとてもよく合いますかと存じます。¥50,000、-(仕立て上がり、税込み)でお願いいたします。

三番目の帯地は、絹芭蕉の生地に墨描きで株を描いたものです。絹芭蕉の生地は生の糸の状態で織っていますので、腰もあり、夏帯としてはとても締めやすいい生地かと存じます。¥10,000、-(仕立て上がり、税込み)でお願いいたします。

四番目の帯地は、もともと踊りの方のために20本ほどご注文で機屋さんに織ってもらった帯地の残りでございます。手織り引き箔のとても手のかかった良質の帯地ですが、お使いいただきますのに範囲が狭く難しいと思っています。楽しみでお使いいただける方がいらっしゃいましたら是非お願いしたいと存じます。¥10,000、-(仕立て上がり、税込み)

次の黒地の夏帯は、京都の夏お召し地にローケツで染めたとても質の高い帯地です。京都の産です。こちらは私が65000円でお求めいただいていました。こちらは¥45,000、-(仕立て上がり、税込み)でお願いいたします。

最後の染め帯は、若い番号のいい機屋さんの袋帯だったのですが、名古屋仕立ての方お使いいただきやすいと思って、名古屋に仕立てました。私はとても気に入っている帯地です。糸はシャリ感のある、一見夏帯・・・?と思えるような生地です。袷ばかりでなく、単衣のきものにも合わせてみてください。締めやすく、きっとお気に召すと存じます。¥35,000(仕立て上がり、税込み)でお願いいたします。